生きた時代と背景
327年ごろ、カッパドキアの信仰深い家庭に長女として生まれたとされます。祖母の大マクリナと区別して「小マクリナ」と呼ばれます。母エンメリナから聖書、とくに詩編を学びました。婚約者の早い死後は結婚せず、母とともに家族を支え、弟妹の教育と信仰形成に重要な役割を担いました。
聖人を知る・7月19日
家族と働く女性たちを身分の隔てなく共同体へ結び、弟のバジリオとグレゴリオの信仰形成にも深く関わったカッパドキアの女性です。
祈りと言葉
家庭内の教育にとどまらず、財産と身分のあり方を変え、祈りと労働を共にする女性共同体を導いた人物です。
まず、ここから
全4編
327年ごろ、カッパドキアの信仰深い家庭に長女として生まれたとされます。祖母の大マクリナと区別して「小マクリナ」と呼ばれます。母エンメリナから聖書、とくに詩編を学びました。婚約者の早い死後は結婚せず、母とともに家族を支え、弟妹の教育と信仰形成に重要な役割を担いました。
家の財産と生活を見直し、ポントス地方アニサで、家族と元使用人の女性たちが身分の差を越えて祈り、働く共同体を形づくりました。弟バジリオが世俗的な成功から修道生活へ向かう際にも影響を与え、末弟ペトロの教育を担いました。彼女自身の著作は残っておらず、生涯は主に弟ニュッサのグレゴリオの記録を通して知られます。
379年、重い病の床で弟グレゴリオと魂と復活について語り合い、祈りながら亡くなったと伝えられます。グレゴリオは『マクリナ伝』と対話篇『魂と復活について』で姉を教師として描きました。これは彼女の声をそのまま記録した速記録ではなく、弟の神学的著作でもあることを理解して読む必要があります。
マクリナを有名な弟たちを育てた姉だけに縮小すると、女性共同体を実際に導き、家産と身分関係を作り替えた主体性を見失います。一方、史料が家族による賛伝である限界も明記します。本人の名による名言は原典上の話者と著者を区別できるまで公開しません。
出来事から読む
人物像と、今へのつながり
著名な弟たちの背景人物ではなく、家族共同体の形成と神学的対話を担った本人として読みます。
物語の舞台
ローマ帝国(カッパドキア)
ともに歩んだ人
教会の資料から読む
確かめながら読む
最終更新日:
Holy See — General Audience: Saint Gregory of Nyssa (1)
Holy See — General Audience: Saint Gregory of Nyssa (2)
人物伝は資料をもとに編集した、独立・非公式の紹介です。教会の公式列聖資料そのものではありません。
現代の翻訳・校訂本文、画像、書影は、オンラインで読めることを転載許可とは扱いません。