生きた時代と背景
330年ごろ、カッパドキアのカイサリアに、祖母マクリナ、姉マクリナ、弟グレゴリオら多くの聖人を生んだ信仰深い家庭で育ちました。コンスタンティノープルとアテネで修辞学や哲学を学び、教師として成功する道に進みます。しかし福音に照らして生活を問い直し、洗礼を受け、エジプト、パレスチナ、シリアの修道生活を訪ねました。
聖人を知る・1月2日
深い神学、修道共同生活、貧しい人への大規模な援助を一つの信仰として生きた、カイサリアの司教・教会博士です。
祈りと言葉
学問、共同生活、教会の一致、貧困への応答を切り離さず、信仰を社会の具体的な形にした司教です。
まず、ここから
全4編
330年ごろ、カッパドキアのカイサリアに、祖母マクリナ、姉マクリナ、弟グレゴリオら多くの聖人を生んだ信仰深い家庭で育ちました。コンスタンティノープルとアテネで修辞学や哲学を学び、教師として成功する道に進みます。しかし福音に照らして生活を問い直し、洗礼を受け、エジプト、パレスチナ、シリアの修道生活を訪ねました。
帰郷後、ポントスで祈り、労働、聖書読書、兄弟愛を結ぶ共同生活を始めます。後の東方修道制に大きな影響を与えました。司祭を経て370年にカイサリア司教となり、御子と聖霊の神性をめぐる激しい論争のなかでニケア信仰を守り、分裂した教会同士の一致を求めました。
飢饉の際には富裕者へ分かち合いを訴え、自らも救援に働きました。カイサリア郊外には、貧しい人、病人、旅人を受け入れる施設群を整え、後にバジリアスと呼ばれます。神学が言葉だけで終わらず、食事、医療、住まいという隣人の具体的な必要へ向かうことを示しました。379年、50歳に満たないころ亡くなりました。
バジリオの功績を教義論争か慈善活動のどちらかに分けると、生涯の統一を見失います。神について正しく語ることは、神の似姿である隣人を尊重することへ続きました。また彼の名を冠する典礼や修道規則には長い伝承形成があるため、すべてを本人一人の制作と断定せず、本人の著作と後代の受容を区別します。
出来事から読む
人物像と、今へのつながり
教理著作に加え、飢饉への対応と救貧施設の形成を通して、信仰と社会的責任の結びつきを確認します。
物語の舞台
ローマ帝国(カッパドキア)
ともに歩んだ人
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信仰・哲学について理解するための公式文書です。本文を転載せず、ローマ教皇庁の公式ページへ案内します。
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救いの歴史と教会の歩みの中で、信仰をもって応答するマリアの姿を考察します。
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信仰を孤立した感情ではなく、記憶、真理、愛、共同体と結ばれた光として示します。
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『カトリック教会のカテキズム』公布の目的と位置づけを示します。
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最終更新日:
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