生きた時代と背景
354年、ローマ帝国ヌミディア属州のタガステに生まれました。母モニカからキリスト教に親しむ一方、青年期には修辞学を学び、カルタゴ、ローマ、ミラノで教師として歩みました。真理を求めながらマニ教にも加わりましたが、その説明に満足できず、哲学と聖書を読み直していきます。教皇ベネディクト十六世の講話は、この歩みを単純な直線ではなく、知性と心の両方を伴う長い探求として紹介しています。
聖人を知る・8月28日
長い探求と回心を経て洗礼を受け、北アフリカのヒッポ司教として人々に仕えた教父・教会博士です。
まず、ここから
全4編
354年、ローマ帝国ヌミディア属州のタガステに生まれました。母モニカからキリスト教に親しむ一方、青年期には修辞学を学び、カルタゴ、ローマ、ミラノで教師として歩みました。真理を求めながらマニ教にも加わりましたが、その説明に満足できず、哲学と聖書を読み直していきます。教皇ベネディクト十六世の講話は、この歩みを単純な直線ではなく、知性と心の両方を伴う長い探求として紹介しています。
ミラノ司教アンブロジウスの説教にも導かれ、386年にキリスト教へ決定的に向き直り、387年の復活徹夜祭に洗礼を受けました。北アフリカへ戻って共同生活を始めることを望みましたが、391年に司祭、395年にヒッポの司教となります。説教、聖書研究、貧しい人への配慮、聖職者と修道共同体の養成に力を注ぎ、430年に亡くなるまで教会共同体を支えました。
代表作『告白』は、自分の過去を美化する成功談ではなく、記憶、欲望、時間、恩恵を神の前で問い直す祈りとして書かれています。また彼は回心を一度で完了する出来事とは考えず、生涯を通して赦しと謙遜を求め続けました。現代の読者にとっても、疑問を抱くことと信仰へ向かうことを対立させず、問いを携えたまま歩む姿を示します。
アウグスティヌスの著作は後世の西方神学と文化に大きな影響を与えました。ただし、膨大な著作の一節だけを現代の問題へ直結させると文脈を失うことがあります。このページでは入口となる事実に絞り、教説の詳細は教会文書や校訂された著作へ戻って確認することを勧めます。
出来事から読む
人物像と、今へのつながり
回心を一度の劇的な出来事だけで終わらせず、記憶・欲望・共同体との関係を生涯かけて問い直した歩みとして読みます。
物語の舞台
ローマ帝国(北アフリカ)
ともに歩んだ人
原資料への入口
作品本文や市販書籍の表紙は転載していません。サムネイルはこのページ用の文字組みです。
アウグスティヌス
回心までの歩みと神への探求を振り返る古典です。ここでは特定の現代日本語版ではなく、作品そのものを紹介しています。
教会の資料から読む
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文書の紹介を読む原文 · Confessiones Liber I, 1
fecisti nos ad te et inquietum est cor nostrum donec requiescat in te人の心が何を求め続けているのかを、神との関係から静かに問い直す『告白』冒頭の一節です。日本語の既存訳と混同しないため、ここではラテン語原文だけを掲載しています。
出典と解説を読む →確かめながら読む
最終更新日:
Holy See — General Audience: Saint Augustine of Hippo (1)
Holy See — General Audience: Saint Augustine of Hippo (5)
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