原文 · Confessiones Liber I, 1
fecisti nos ad te et inquietum est cor nostrum donec requiescat in te人の心が何を求め続けているのかを、神との関係から静かに問い直す『告白』冒頭の一節です。日本語の既存訳と混同しないため、ここではラテン語原文だけを掲載しています。
出典と解説を読む →Saint & spirituality
長い探求と回心を経て洗礼を受け、北アフリカのヒッポ司教として人々に仕えた教父・教会博士です。
長い探求と回心を経て洗礼を受け、北アフリカのヒッポ司教として人々に仕えた教父・教会博士です。
354年、ローマ帝国ヌミディア属州のタガステに生まれました。母モニカからキリスト教に親しむ一方、青年期には修辞学を学び、カルタゴ、ローマ、ミラノで教師として歩みました。真理を求めながらマニ教にも加わりましたが、その説明に満足できず、哲学と聖書を読み直していきます。教皇ベネディクト十六世の講話は、この歩みを単純な直線ではなく、知性と心の両方を伴う長い探求として紹介しています。
ミラノ司教アンブロジウスの説教にも導かれ、386年にキリスト教へ決定的に向き直り、387年の復活徹夜祭に洗礼を受けました。北アフリカへ戻って共同生活を始めることを望みましたが、391年に司祭、395年にヒッポの司教となります。説教、聖書研究、貧しい人への配慮、聖職者と修道共同体の養成に力を注ぎ、430年に亡くなるまで教会共同体を支えました。
代表作『告白』は、自分の過去を美化する成功談ではなく、記憶、欲望、時間、恩恵を神の前で問い直す祈りとして書かれています。また彼は回心を一度で完了する出来事とは考えず、生涯を通して赦しと謙遜を求め続けました。現代の読者にとっても、疑問を抱くことと信仰へ向かうことを対立させず、問いを携えたまま歩む姿を示します。
問いや弱さを隠さず、真理を探す知性と、人々のために働く司牧を結び合わせた人物です。
アウグスティヌスの著作は後世の西方神学と文化に大きな影響を与えました。ただし、膨大な著作の一節だけを現代の問題へ直結させると文脈を失うことがあります。このページでは入口となる事実に絞り、教説の詳細は教会文書や校訂された著作へ戻って確認することを勧めます。
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原文 · Confessiones Liber I, 1
fecisti nos ad te et inquietum est cor nostrum donec requiescat in te人の心が何を求め続けているのかを、神との関係から静かに問い直す『告白』冒頭の一節です。日本語の既存訳と混同しないため、ここではラテン語原文だけを掲載しています。
出典と解説を読む →人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。
Holy See — General Audience: Saint Augustine of Hippo (1) ↗