Saint & spirituality

聖アンドレア・ズン・ラクとは

貧しい非キリスト者家庭からカテキスタに育てられ、ベトナム人司祭として各地の共同体へ仕えた殉教者です。

この人物は誰か

貧しい非キリスト者家庭からカテキスタに育てられ、ベトナム人司祭として各地の共同体へ仕えた殉教者です。

生きた時代と背景

1795年、ベトナム北部の貧しい非キリスト者家庭に生まれ、幼名はチャン・アン・ズンでした。家族がハノイへ移った後、カテキスタに預けられて教育と信仰を学び、洗礼を受けました。ラテン語と漢字文化圏の学びを重ね、カテキスタとして働いた後、1823年に司祭となりました。貧しい子を「引き取って改宗させた」という美談だけにせず、当時の家族の困窮と教育制度も考えます。

人生の転機

教区司祭として複数の小教区で司牧し、質素な生活を送りながら説教、秘跡、共同体形成を担いました。迫害期に一度逮捕され、信徒が身代金を集めて釈放されると、名前をズン・ラクへ変えて活動を続けました。信徒の資金と危険な連絡網が司祭を支えたのであり、司祭一人の勇気だけで共同体が存続したわけではありません。

主な活動

1839年、再び逮捕され、同年12月21日にハノイで処刑されました。殉教を望む趣旨の発言も伝わりますが、逃げることや釈放を求めることを信仰不足にはしません。国家が信仰放棄を強制した責任を明確にし、ベトナム文化や現代国家全体への非難へ一般化しません。処刑方法の詳細も必要以上に再現しません。

信仰上の特徴

カテキスタの教育と信徒共同体の支えを受けて育ち、ベトナム人司祭として地域へ仕えた人物です。

教会史上の意味と後世への影響

1988年、117人のベトナム殉教者とともに列聖され、11月24日に共同で記念されます。集団には96人のベトナム人がおり、司祭だけでなく59人の一般信徒と一人の女性が含まれます。名前が共同記念の表題に使われても、彼を外国人宣教師と現地共同体の上に置かず、カテキスタから育ったベトナム人司祭として位置づけます。

年表

  1. 誕生
  2. 死去

ゆかりの場所

  • ベトナム北部(ベトナム)

守護

確認できる資料を精査中です。推測では掲載しません。

参照資料

人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。

Holy See — Canonization of the Vietnamese Martyrs

Holy See — Message to the Vietnamese Bishops' Conference

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