Saint & spirituality
十字架の聖テレジア・ベネディクタとは
エディット・シュタインとして哲学と女性教育に取り組み、カトリック洗礼後もユダヤ民族への連帯を失わず、アウシュヴィッツで殺されたカルメル会修道女です。
この人物は誰か
エディット・シュタインとして哲学と女性教育に取り組み、カトリック洗礼後もユダヤ民族への連帯を失わず、アウシュヴィッツで殺されたカルメル会修道女です。
生きた時代と背景
1891年、ブレスラウのユダヤ人家庭に、ヨム・キプルの日に生まれました。父を幼くして亡くし、母が事業と大家族を支えます。青年期に祈ることをやめましたが、真理への探求を続け、ゲッティンゲンでエトムント・フッサールに現象学を学びました。第一次世界大戦中は看護助手として病院に奉仕し、1916年に哲学博士号を得ました。
人生の転機
女性であるため大学教授への道を閉ざされながら、共感、人間、女性の教育と職業について研究しました。友人の死とその妻の信仰、アビラのテレサの著作などとの出会いを経て、1922年にカトリックの洗礼を受けます。教師、講演者として働き、信仰と哲学を結ぶ研究を続けました。
主な活動
ナチ政権によるユダヤ人排除で教職を失い、1933年にケルンのカルメル会へ入りました。迫害から共同体を守るためオランダへ移りますが、1942年、オランダ司教団の抗議への報復で、カトリックへ改宗したユダヤ人も逮捕されました。姉ローザとともにアウシュヴィッツへ移送され、8月9日ごろ殺害されました。1998年に列聖されました。
信仰上の特徴
真理を知的に探究し、女性の教育を支え、改宗後も自分の民との連帯を手放さず、迫害の犠牲となった哲学者です。
教会史上の意味と後世への影響
彼女を「ユダヤ教を捨てて完成した人」と描くことは、本人の民族的連帯とショアの歴史を傷つけます。キリスト者としての信仰とユダヤ人として迫害された事実の両方を保ち、ナチによる組織的虐殺の被害者であることを曖昧にしません。死を自ら選んだかのように美化せず、加害責任を明確にします。
年表
- — 誕生
- — 死去
ゆかりの場所
- ブレスラウ(ドイツ)
守護
ヨーロッパ
参照資料
人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。