生きた時代と背景
1600年前後、マニラ郊外のビノンドで、中国系の父とフィリピン人の母のもとに生まれたとされます。ドミニコ会の小教区で教育を受け、書記や聖具係として奉仕しました。結婚して二人の息子と一人の娘を育てた一般信徒です。修道者や聖職者ではない日常の家庭生活が、彼の信仰の中心的な場でした。
聖人を知る・9月28日
マニラで妻子と暮らし、小教区に奉仕した一般信徒。日本へ渡った後、長崎で仲間とともに殉教し、最初のフィリピン人聖人となりました。
祈りと言葉
家庭と小教区で生きた一般信徒として、恐れと迷いを経験しながらも最後に信仰を選び直した、アジアの共同殉教の証人です。
まず、ここから
全4編
1600年前後、マニラ郊外のビノンドで、中国系の父とフィリピン人の母のもとに生まれたとされます。ドミニコ会の小教区で教育を受け、書記や聖具係として奉仕しました。結婚して二人の息子と一人の娘を育てた一般信徒です。修道者や聖職者ではない日常の家庭生活が、彼の信仰の中心的な場でした。
1636年、殺人事件への関与を疑われ、身の危険を避けるためドミニコ会宣教師らの船に乗りました。目的地を知らず、船は日本へ向かいます。当時の日本ではキリスト教への厳しい迫害が続いており、一行は沖縄を経て捕らえられ、長崎へ送られました。ロレンソがフィリピンを出た事情には不確かな点があり、無実を断定する資料以上の物語を作りません。
厳しい尋問のなかで一時心が揺れた記録もありますが、最終的に信仰を表明し、1637年9月に命を奪われました。同じ集団には、日本人、フィリピン人、ヨーロッパ人の司祭・修道者・一般信徒が含まれます。1981年にマニラで列福され、1987年に列聖され、フィリピン最初の聖人となりました。
殉教者を一度も恐れなかった超人的な人物にすると、人間的な迷いのなかで選び直した証言の意味を失います。また日本の迫害史をフィリピン側から見る入口でもあります。家庭を持つ移民的背景の一般信徒が、複数文化の交差点で生きた人物として紹介します。
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