Saint & spirituality

聖カテリ・テカクウィサとは

モホークの父とアルゴンキンの母のもとに生まれ、天然痘と植民地化の時代を生きた先住民族の女性です。自ら洗礼を選び、祈りとケアの生活を送りました。

この人物は誰か

モホークの父とアルゴンキンの母のもとに生まれ、天然痘と植民地化の時代を生きた先住民族の女性です。自ら洗礼を選び、祈りとケアの生活を送りました。

生きた時代と背景

1656年ごろ、現在の米国ニューヨーク州にあたるモホークの集落で、モホークの父とキリスト者であるアルゴンキンの母のもとに生まれました。四歳ごろ天然痘で両親と弟を失い、自身も視力低下と顔の痕を負いました。親族に育てられ、家事、工芸、共同体の仕事を担いました。病気を本人の聖性の材料として美化せず、感染症が先住民社会へ与えた破壊を背景に置きます。

人生の転機

十代のころフランス人宣教師と出会い、十九歳で洗礼を受けてカテリ(カタリナ)の名を選びました。家族や共同体との緊張が深まり、翌年、現在のカナダにあるカナワケへ移ります。この移動を「異教から文明へ」という物語にはしません。彼女は先住民族としての言語と生活を保ちながら、複数の文化と権力が交差する場で自らの信仰を選びました。

主な活動

カナワケでは祈り、病人や高齢者の世話、子どもへの教えに携わり、結婚しない生き方を選びました。厳しい断食や身体的苦行も伝えられますが、健康を害する行為を現代の読者へ勧めることはできません。彼女の生涯を支えたのは個人の意志だけでなく、先住民族の女性たちを含む共同体でした。1680年、二十四歳ごろに病で亡くなりました。

信仰上の特徴

植民地化と病のただ中で、先住民族としての生活を失わず、自らの信仰と奉仕の道を選んだ女性です。

教会史上の意味と後世への影響

1980年に列福、2012年に列聖され、北米先住民族の女性として初めてカトリック教会の聖人に列せられました。米国では7月14日、カナダでは4月17日に記念されるため、このサイトでは共通の日付を推測して設定しません。植民地宣教の問題を隠さず、それでも彼女自身の信仰選択を植民者の物語へ吸収しないことが、人物を尊重して読む出発点です。

年表

  1. 誕生
  2. 死去

ゆかりの場所

  • オッセルネノン(北アメリカ)

守護

先住民族

参照資料

人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。

Holy See — General Audience on Kateri Tekakwitha

Holy See — Canonization Homily including Kateri Tekakwitha

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