Saint & spirituality
聖ジョゼフィーヌ・バキタとは
幼少期に誘拐され奴隷として売買された後、法的自由を得て、自ら洗礼と修道生活を選んだスーダン出身の女性です。
この人物は誰か
幼少期に誘拐され奴隷として売買された後、法的自由を得て、自ら洗礼と修道生活を選んだスーダン出身の女性です。
生きた時代と背景
1869年ごろ、現在のスーダン西部ダルフールに生まれました。七歳前後で誘拐され、家族から与えられた名前を思い出せなくなるほどの暴力を受けました。「バキタ」は誘拐者が付けた名です。市場で繰り返し売買され、身体的・精神的虐待を受けました。この犯罪を、後の信仰へ至るために必要だった出来事として正当化してはなりません。奴隷制は人の尊厳と自由を奪う制度的暴力です。
人生の転機
イタリア領事の家庭を経てイタリアへ渡り、ヴェネツィアのカノッサ会が運営する施設で暮らしました。元の使用者が連れ戻そうとした際、彼女は残る意思を明確に示しました。イタリアの裁判所は、スーダンでの奴隷所有に法的効力がなく、彼女は自由であると判断しました。自由は誰かから親切に贈られたのではなく、本来奪われてはならない権利であり、彼女自身が選択を言葉にした点が重要です。
主な活動
1890年に洗礼、堅信、初聖体を受け、ジョゼフィーヌの名を加えました。1896年にカノッサ修道女会で終生誓願を立て、スキオの共同体で炊事、裁縫、聖具室、受付などに約五十年間仕えました。過去の傷は消えず、晩年にも鎖の記憶がよみがえったと伝えられます。それでも来訪者を迎え、子どもや苦しむ人を励ます日常の働きを続けました。
信仰上の特徴
奴隷制の暴力を生き延び、自ら自由と召命を選び、日常の奉仕を通して人の尊厳を証しした女性です。
教会史上の意味と後世への影響
1947年2月8日に亡くなり、2000年に列聖されました。2月8日は人身取引に反対する祈りと啓発の日にもなっています。彼女の赦しを、被害者が加害を告発せず耐えるべきだという命令にはできません。現代に受け継ぐべきなのは、人身取引を見えないままにせず、被害者の声と選択を尊重し、自由を奪う仕組みを変える責任です。
年表
- — 誕生
- — 死去
ゆかりの場所
- ダルフール(詳細不明)(スーダン/イタリア)
守護
人身取引の被害者
参照資料
人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。