生きた時代と背景
1651年、ポルトガル領ゴアのベナウリムに生まれました。司祭に叙階された後、現地出身司祭による共同体を整えるため、ゴアでオラトリオ会を発展させました。当時、セイロン島ではオランダ統治下でカトリック司祭が追放され、信徒は長期間、秘跡に与ることが難しい状況にありました。
聖人を知る
司祭不在のスリランカへ密かに入り、迫害下の信徒を支えながら、宗教を問わず病人へ奉仕したゴア出身の司祭です。
祈りと言葉
制度的な支えのない場所へ入り、隠れた奉仕と病者への無差別のケアによって、宗教的境界を越えた信頼を築いた司祭です。
まず、ここから
全4編
1651年、ポルトガル領ゴアのベナウリムに生まれました。司祭に叙階された後、現地出身司祭による共同体を整えるため、ゴアでオラトリオ会を発展させました。当時、セイロン島ではオランダ統治下でカトリック司祭が追放され、信徒は長期間、秘跡に与ることが難しい状況にありました。
1687年、物乞いに身をやつして島へ入り、夜間の小さな集会で信徒を訪ねました。言語と地域の習慣を学び、各地を徒歩で巡ります。キャンディ王国で拘束された時期もありましたが、干ばつの際の祈りや人々との信頼を通して活動の自由を広げました。政治権力の保護だけに頼らず、現地の共同体のなかに住みました。
天然痘が広がった際、カトリック信徒に限らず病人を看護し、亡くなった人を葬りました。この奉仕により国王から信頼を得て、島の他地域へ司祭を派遣できるようになります。1711年、長い旅と奉仕で衰弱し、キャンディで亡くなりました。1995年に列福、2015年にコロンボで列聖されました。
彼の働きは植民地諸勢力が競合する環境で行われました。「西洋から文明を運んだ」という構図ではなく、アジア出身の司祭が現地語を学び、少数派共同体と宗教を越えた病者に仕えた歴史として理解します。記念日は地域暦での扱いがあるため、このサイトではローマ一般暦の一律の日付を推測して設定していません。
出来事から読む
人物像と、今へのつながり
現在の生活に引き寄せすぎず、その人自身の時代から考えます。
物語の舞台
インド/スリランカ
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最終更新日:
Holy See — Canonization of Saint Joseph Vaz
Holy See — Beatification of Father Joseph Vaz
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