Saint & spirituality
聖ジャンヌ・ダルクとは
百年戦争と教会大分裂の時代、祈りに根ざして公共的使命を担い、不公正な教会裁判で19歳の生涯を終えた一般信徒の女性です。
この人物は誰か
百年戦争と教会大分裂の時代、祈りに根ざして公共的使命を担い、不公正な教会裁判で19歳の生涯を終えた一般信徒の女性です。
生きた時代と背景
1412年ごろ、フランスとロレーヌの境にあるドンレミの農家に生まれました。読み書きを学ぶ機会はありませんでしたが、家庭と小教区で信仰を育まれ、病人や貧しい人を気遣いました。13歳ごろから、聖ミカエルらの「声」によって信仰を深め、戦争に苦しむ人々を助ける使命へ招かれたと後の裁判で証言しています。
人生の転機
17歳で王太子シャルルに会い、神学者の審査を受けた後、オルレアン救援に加わりました。兵士たちに告解と祈りを促し、敵へ和平を求める書簡も送りました。1429年7月、シャルル七世のランスでの戴冠に立ち会います。ただし軍事的成功をすべて一人へ帰すのではなく、政治、軍事、宗教が複雑に絡んだ百年戦争のなかで理解する必要があります。
主な活動
1430年に捕らえられ、敵対勢力へ引き渡されました。ルーアンの教会裁判は政治的圧力のもとで進み、教皇への上訴も退けられ、1431年5月30日に異端者として火刑に処されます。約25年後、教皇カリストゥス三世の権威のもとで再審が行われ、有罪判決は無効とされました。1920年、教皇ベネディクト十五世により列聖されました。
信仰上の特徴
専門教育も権力も持たない若い一般信徒として、祈りと良心に従い、恐れの多い時代に公共的責任を引き受けた女性です。
教会史上の意味と後世への影響
ジャンヌを国家主義の象徴だけにすると、イエスの名、秘跡、貧しい人への愛を中心とした信仰を失います。一方、幻視や軍事行動を一般的な信仰者の模倣対象として単純化もしません。教会の人々が不正な裁判を行った事実と、彼女が教会への信仰を捨てなかった事実をともに記憶します。
年表
- — 誕生
- — 死去
ゆかりの場所
- ドンレミ(フランス)
守護
フランス
参照資料
人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。