Saint & spirituality
聖フランシスカ・ザビエル・カブリニとは
イタリア移民を支えるため大西洋を渡り、女性たちと学校、病院、孤児院を築いた修道会創立者です。移民自身の力と協働も含めて伝えます。
この人物は誰か
イタリア移民を支えるため大西洋を渡り、女性たちと学校、病院、孤児院を築いた修道会創立者です。移民自身の力と協働も含めて伝えます。
生きた時代と背景
1850年、北イタリアのサンタンジェロ・ロディジャーノに生まれ、教師資格を得ました。健康上の理由などで希望した修道会へ入れず、孤児院の運営を経て、1880年に七人の仲間と聖心侍女修道会を始めました。ザビエルの名を加えアジア宣教を望みましたが、教皇レオ十三世から米国のイタリア移民へ向かうよう勧められました。
人生の転機
1889年にニューヨークへ到着すると、移民は貧困、危険な労働、言語障壁、反カトリック・反イタリア感情に直面していました。カブリニと会員たちは学校、孤児院、病院を開き、米州と欧州を何度も移動して資金と人材を整えました。施設を彼女一人の超人的成果にせず、女性修道者、移民家庭、医療者、寄付者の労働による共同事業として扱います。
主な活動
1909年に米国市民となり、1917年にシカゴで亡くなりました。移民を受け身の救済対象にせず、新しい地域を作り、働き、互いを支えた主体として描く必要があります。また孤児院や学校の歴史は、善意だけでなく子どもの権利、文化と言語の尊重、施設内の安全という現代的基準から継続的に検証されるべきです。
信仰上の特徴
移民女性たちと協働し、移動した人が教育と医療へアクセスできる持続的な組織を築いた人物です。
教会史上の意味と後世への影響
1946年に米国市民として初めて列聖され、1950年に移民の保護者と宣言されました。米国では11月13日に記念されますが、ローマ一般暦の一律日付としては設定しません。彼女の生涯は、移動する人へ同化だけを求めず、医療、教育、言語、住まいへアクセスできる制度をつくる責任を現代の教会と社会へ問いかけます。
年表
- — 誕生
- — 死去
ゆかりの場所
- サンタンジェロ・ロディジャーノ(イタリア/アメリカ合衆国)
守護
移民
参照資料
人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。
Holy See — Message to the Missionaries of the Sacred Heart ↗