聖人を知る

聖デヴァサハヤム・ピライ

トラヴァンコール王国の官吏として働き、成人後に洗礼を受け、カーストを越える人間の尊厳を語った既婚の一般信徒です。

生年
1712年
没年
1752年
時代
近世
区分
聖人
インド南アジア

祈りと言葉

信仰と生き方

宮廷官吏、夫、改宗者として、宗教選択の自由と身分を越える人間の尊厳を証ししたインドの一般信徒です。

まず、ここから

3分でわかる聖デヴァサハヤム・ピライ

生涯の要点から、その人の歩みをたどります。

全4編

生きた時代と背景

1712年、現在のタミル・ナードゥ州ナッタラムでヒンドゥー教徒のナイル身分の家庭にニーラカンタ・ピライとして生まれました。トラヴァンコール王国で軍務と宮廷財務に関わる官吏となり、結婚して生活しました。1741年の戦争後、捕虜となったオランダ人将校デ・ラノイとの対話を通してカトリック信仰を学んだと列聖資料は伝えます。

歩みを読む

1745年に洗礼を受け、ラザロを意味するデヴァサハヤムの名を得ました。妻も後に洗礼を受けました。彼は信仰を伝え、神の前ではカーストにかかわらず人は同じ尊厳を持つと語ったとされます。改宗をヒンドゥー教からの単純な脱出として描かず、宗教、王国への忠誠、身分制度、植民地軍事勢力が交差する複雑な状況を保ちます。

活動と信仰

官吏としての地位を失い、逮捕、拘禁、移送を受け、1752年1月14日に射殺されたと伝えられます。拷問の細部を信仰の見せ場にはしません。国家権力が改宗と平等の主張を秩序への脅威として扱った加害を記しつつ、歴史資料の形成過程も継続して検証します。彼は司祭や修道者ではなく、妻を持つ一般信徒でした。

後世に伝わるもの

2012年に列福され、2022年に列聖されました。インドの一般信徒として初の列聖者と説明されます。列福教令は地域で1月14日の記念を認めていますが、ローマ一般暦共通の日付ではないため未設定とします。彼をキリスト教対ヒンドゥー教の対立記号にせず、宗教選択の自由とカーストを越える尊厳を考える人物として紹介します。

出来事から読む

生涯をたどる

確認できる年代と出来事を紹介します。
  1. 誕生
  2. 死去

人物像と、今へのつながり

この人物は誰か

宮廷官吏、夫、改宗者として、宗教選択の自由と身分を越える人間の尊厳を証ししたインドの一般信徒です。
  1. 現代から考える

    現在の生活に引き寄せすぎず、その人自身の時代から考えます。

  • インド
  • 一般信徒
  • 回心
  • 殉教

物語の舞台

ゆかりの場所

生誕地

ナッタラム

インド

確かめながら読む

参考資料と編集方針

本人の著作、同時代に近い史料、後世の伝承を同じ確かさとして扱っていません。

最終更新日:

出典と編集方針を見る

Holy See — Decretal Letter for Devasahayam Pillai

Acta Apostolicae Sedis — Canonization Miracle Decree

人物伝は資料をもとに編集した、独立・非公式の紹介です。教会の公式列聖資料そのものではありません。

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