Saint & spirituality

聖アンデレ金大建とは

一般信徒が自ら受け入れ育てた韓国教会から生まれた最初の韓国人司祭。短い司祭生活の後、25歳で殉教しました。

この人物は誰か

一般信徒が自ら受け入れ育てた韓国教会から生まれた最初の韓国人司祭。短い司祭生活の後、25歳で殉教しました。

生きた時代と背景

1821年、朝鮮半島の忠清道ソルメでキリスト者家庭に生まれました。韓国のカトリック信仰は、外国人宣教師が最初に共同体を作ったのではなく、書物を通して信仰を学んだ一般知識人と信徒たちが自発的に始めた点に特徴があります。父の金済俊も迫害で殉教し、家族は信仰ゆえの不安定な生活を経験しました。

人生の転機

司祭養成のため、少年期に徒歩で国境を越え、マカオなどで学びました。航海、通訳、連絡の技術も身につけ、迫害下の祖国へ宣教師が安全に入れる経路を探りました。1845年、上海近郊で司祭に叙階され、最初の韓国人司祭として帰国します。司祭として働けた期間は一年ほどでした。

主な活動

外国人宣教師の入国経路を調べていた際に逮捕され、尋問を受けました。1846年9月16日、漢江近くのセナムトで処刑されました。1984年、ソウルで教皇ヨハネ・パウロ二世により、聖パウロ丁夏祥を含む韓国の殉教者たちとともに列聖されました。9月20日は韓国の殉教者を共同で記念する日です。

信仰上の特徴

自発的に育った信徒共同体から送り出され、学びと危険な往来を引き受け、短い司祭生活を共同体のために用いた人物です。

教会史上の意味と後世への影響

アンデレ金大建だけを「韓国へ信仰を運んだ人物」とすると、先に共同体を築き、司祭不在の時期を支えた一般信徒、とりわけ多くの女性を見失います。彼の司祭職はその共同体から生まれ、再び共同体へ奉仕するものでした。民族的英雄化だけでなく、信徒と司祭が互いを支えた教会史として紹介します。

年表

  1. 誕生
  2. 死去

ゆかりの場所

  • ソルメ(朝鮮)

守護

確認できる資料を精査中です。推測では掲載しません。

参照資料

人物伝は以下の資料をもとに編集しています。教会の公式列聖資料そのものではありません。

Holy See — Audience with Pilgrims from Korea

Holy See — Homily for the Canonization of Korean Martyrs

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