生きた時代と背景
1781年、現在のベトナム北部に生まれ、十代でグエン・ヴァン・ナットと結婚しました。デという村で農業と養蚕を営み、六人の子どもを育てたと伝えられます。修道者や公的な指導者ではなく、家庭と地域の日常を担った一般信徒です。名前の表記にはベトナム語と列聖資料の転写による違いがあるため、別名でも検索できるようにします。
聖人を知る・11月24日
妻、六児の母として家庭を営み、迫害下で司祭をかくまったため逮捕され、獄中で亡くなったベトナムの一般信徒です。
祈りと言葉
迫害下で人を迎え、家族を気遣いながら自らの良心を守った、ベトナムの妻・母・一般信徒です。
まず、ここから
全4編
1781年、現在のベトナム北部に生まれ、十代でグエン・ヴァン・ナットと結婚しました。デという村で農業と養蚕を営み、六人の子どもを育てたと伝えられます。修道者や公的な指導者ではなく、家庭と地域の日常を担った一般信徒です。名前の表記にはベトナム語と列聖資料の転写による違いがあるため、別名でも検索できるようにします。
ティエウ・チ帝時代のキリスト教迫害下、家に司祭をかくまったことが発覚し、1841年に逮捕されました。信仰を放棄した証として十字架を踏むよう命じられましたが拒み、拘禁と拷問を受けました。家族を守る女性に危険な行動を求める模範にはせず、宗教実践と人を迎える行為を犯罪とした国家の責任を明確にします。
獄中で娘が面会した際、血に染まった衣服について花模様のようだと語って娘を安心させた、という証言が残ります。これを痛みがなかった証拠や苦痛の美化にはしません。傷と不衛生な拘禁環境によって衰弱し、1841年7月12日に亡くなりました。母として家族を気遣う姿と、本人が良心に基づき決断した主体性の両方を伝えます。
1909年に列福され、1988年、ヨハネ・パウロ二世により他のベトナム殉教者とともに列聖されました。ローマ一般暦では11月24日に共同で記念されます。殉教者群を司祭や外国人宣教師だけで代表させず、ベトナム人女性、既婚者、親、農村の信徒が共同体を支えた事実を見えるようにします。彼女の家族を単なる脇役にしないことも重要です。
出来事から読む
人物像と、今へのつながり
現在の生活に引き寄せすぎず、その人自身の時代から考えます。
物語の舞台
ベトナム
教会の資料から読む
テーマから読む文書:家族
家族・結婚について理解するための公式文書です。本文を転載せず、ローマ教皇庁の公式ページへ案内します。
文書の紹介を読む 教会文書テーマから読む文書:家族
人の生命の尊厳を、弱さや発達段階、能力によって失われないものとして論じます。
文書の紹介を読む 教会文書テーマから読む文書:家族
結婚と家族の召命、家庭での信仰、社会と教会における家族の役割を扱います。
文書の紹介を読む 教会文書テーマから読む文書:女性
聖書とキリストの姿を手がかりに、女性の尊厳と召命について考察します。
文書の紹介を読む確かめながら読む
最終更新日:
Holy See — Canonization of the Vietnamese Martyrs
Vatican News — Saint Agnes Le Thi Thanh
人物伝は資料をもとに編集した、独立・非公式の紹介です。教会の公式列聖資料そのものではありません。
現代の翻訳・校訂本文、画像、書影は、オンラインで読めることを転載許可とは扱いません。